あすなろ文集

「無題」

山澤 恵美さん

平成元年4月、左手の腱鞘炎で苫小牧私立病院整形外科へ行きました。主治医の先生に「股関節の先生が来ているからレントゲンを持って詰所に行きなさい」と 言われ着任して間もない長谷川先生にお会いしました。今より20歳若い長谷川先生でした。「手術の時期がきている」と言われました。

先天性股関節脱臼で、5歳の時にギブスをかけ、昭和29年には北大病院で、左股関節の手術をしました。人工関節は60歳にならないと手術をしないと言われ、痛み止めの薬を長い間飲んでいました。この年の11月に60歳になる時でした。

生活習慣病を持っていた主人が、私が入院して1ヶ月も経たないうちに、心不全で5時間も意識不明になり4ヶ月も入院しておりました。 平成元年に右股関節、7月に左股関節、9月に左膝関節を人工関節に入れ換えて、6ヶ月かかりました。左足が外股なので、手術をする時、真直ぐにして頂きたいとお願いしましたら、ちゃんと真直ぐにして下さいました。嬉しかったですね。

平成2年からは、岩見沢整形に、8年には恵庭病院へ。恵庭では、膝のお皿の手術を受けました。7年間先生を追いかけて歩きました。 18年9月頃から、右股関節に違和感があり、1週間位痛みが続き、時には家の中でも杖をつきたくなる位痛い事もありました。10月25日検査の結果、隙間 が見つかりました。その時娘の卵巣腫瘍と蓄膿症の手術が決まっていましたので、その間様子をみる事になりました。12月20日の検査で、隙間が大きくなっ ており、1月19日入院、 25日手術と決まりました。 主人は4年前に見送っていました。

18年前とは色々なことが違っていました。前は足が挙がらなければ車椅子に乗せてもらえなかった。今は術後3日で車椅子に乗せて貰えるなんて夢のようでし た。手術の前にリハビリの練習があるのもいい事ですね。私は手術の決まった日から足を挙げる運動を始めました。その為か今回は術後4日目から挙がりまし た。リハビリは頑張れば頑張っただけの事はあります。入院した頃あった尿漏れも良くなり、リハビリは一生続けようと思っています。

こんな事もありました。Mさんと書かれた名札が目に入りました。53年前、北大病院で同じ股関節の手術をして隣のベッドに居た人です。同姓同名かと思い助 手さんに確認しましたら年齢も同じでした。会いに行ったら「よく覚えていて、呆れたね」と泣かれました。Mさんの手術が終わってから同室になり、4人の楽 しい病院生活が退院するまで続きました。

食事が美味しくって毎日楽しみでした。食事中、車から降りて病院へ向かわれる、元気な先生のお姿を拝見するのも楽しみの一つでした・・・ハプニングもありました。

退院してからは、自分で食事の支度をしなければならず、上げ膳据え膳だった入院生活を懐かしく思い出しております。

院長先生はじめ全スタッフの方々のおかげで、退院後、誰にも手伝って貰わず一人で生活しております。

感謝

「先生との出会い」

松坂 喜美さん

私が、手術を決めたのは、もう一度自分の足で家の中の事や食事のしたくとか 自由にしてみたいと思い決めました。

2年位前から股関節の痛みが強くなり 辛い毎日が続きました。色々な病院にも行きました。札幌、埼玉、もちろん函館は何件も行きましたが、どこの病院も股 関節からくる痛みだと言う事はわからないままでした。そうしているうち2年の月日がたとうとした時でした。札幌の妹の所から電話で、「いい病院があるから 一度診察をしてもらったら」との事で 私はすぐに診て貰う事にしました。

先生に初めて会って診察をしていただき、私の話を聞いてもらい、不安な気持ちやずっと悩んでいた事がスーッと、取り除かれました。色々な検査をして手術の日が決まり、 これで歩けるのだと思うと嬉しさいっぱいになりました。

手術が終わり一日一日傷の痛みが楽になりました。今ではあんなに痛かったのが嘘のように思えます。

先生に出会えて本当に良かった。親切で、信頼ができて私にとっては神様です。ありがとうございました。それと色々お世話になった看護婦さん、リハビリの先生方、食事を作ってくれた人達、本当に有難うございました。

私と同じ痛みで悩んでいる人は一度あすなろ整形外科で診て貰うことをすすめます。

「先生との出会い」

細田 トシ子さん

足の動きが思う様に進まなくなったのは、平成11年の春頃からだと思います。自分では腰からだと思いまして、地元の総合病院の整形外科で診察して頂きまし たら、年なので自分で気を付ける様にと言われ、薬も出ませんでした。地方の病院へ行くのは遠く、あすなろ整形外科病院を知ったのは、17年の3月頃でし た。

長谷川先生に診察して頂いたのは4月頃でした。診察の結果、進行が早いといわれました。通院している内に、足の動きも鈍くなり手術を考えるようになりました。

7月末に入院して8月初めに人工関節の手術をしました。朝の回診の時には「どうですか」と先生が声をかけて下さり、婦長さん、看護婦さん、リハビリの先生の笑顔と優しさに心が落ち着きます。心より感謝いたします。

手術後は日増しに体が楽になり、リハビリにも行けるようになり8月末には退院できました。

人工関節は10年位もつと聞きましたが、19年1月16日に再び人工関節がはずれて入院しました。両手も痛めており食事の時は看護婦さん助手さんのお世話になりました。部屋の方達も皆優しく入院中は楽しく退院する事ができました。

手術をする迄の決心は大変だと思いますが、長谷川先生、婦長さん、看護婦さん、助手さん、他の皆様の明るい笑顔、優しい心使いに触れる事ができて、皆様も痛い思いで苦しまず、一日も早く良くなってくださいませ。

あすなろ整形外科の玄関に入ると心が落ち着きます。入院中はお世話様になりありがとうございました。長谷川先生はじめスタッフの皆様、心より感謝致し此れからの更なる御活躍を心よりお祈り申し上げます。

「ありがとうございました」

「無題」

渡辺 由美子さん

私が「あすなろ整形外科」を知ったのは、ちょっとした病気で通っている病院に来ていた、あるおばあちゃんからでした。私を見るなり「股関節痛いのですか」 と、辛そうに歩いている私に優しく声をかけてくれました。「この街に奇数の月に先生が来るから、絶対に行くのだよ」おばあちゃんの言葉を信じて院長先生に 診察して頂いたのは、3月でした。

日常生活の中での痛みを細やかに話すと熱心に聞いて頂けて「この先生なら手術を任すことができる」と直感しました。

1ヶ月もしないうちに入院したからには、病院の名前どおり、あすなろ精神で頑張ります。確かに手術は不安です。リハビリも辛いです。でもそれで元気な自分を取り戻すことができるなら、良いと思いませんか。信頼して下さい、院長先生を、看護師さん達を。

そして「手術を受けよう」と決めた自分自身の気持ちを。頑張れです。考えてばかりいては駄目です。体にメスを入れるのはイヤですよね?誰でもそうです。で も、どうにかして治してほしいから、診てもらうのでしょう?元気な顔で家に帰ろうじゃありませんか!!あすなろの樹が、私たちであり、太陽が、院長先生な のです!!水をくれる看護師さんがいて、それで1本の樹になるのです。安心して、お任せしましょう。心配ないですよ。 必ず後悔などしませんから。皆さんも頑張ってください!
私は、手術を受けて本当に良かったです!!

ありがとう ございました。

「両股関節の手術をして」

Ⅰ.Oさん

私が初めて足の痛みを感じたのは、10年前の事です。長時間無理な体勢での重労働がたたったのか、と軽く考えていたのですが、時間がたっても良くなるどころか、痛みは増す一方で、そのうち夜も痛みで起こされるようになりました。 そんな時子供に「お母さん、歩けなくなったらどうするの?」と言われ病院へ行くことを考えました。

病院を探していると、義母が「私が通院している病院へ行ってみるといいよ」と教えてくれました。それが、あすなろ整形外科でした。

長谷川先生は、股関節の専門で道内3本の指に入る先生です。診察が終わり先生は、手術の方法や入院期間、また退院後普通の生活が出来る事を、丁寧に教えて下さいました。 手術をするなら・・自骨で出来る・・という事でしたから、考えた末に手術をする事に決めました。

右 1回目 平成16年2月5日
左 2回目 平成19年2月6日

無事手術を終え、回復室に入り、2週間は安静ですが3日目過ぎたら4人部屋に戻りました。部屋の人達は明るく、2人は人工、1人は自骨の手術をした人達で、不安を話し合い馬鹿な冗談を言い合って、楽しく過ごした事を思い出します。

リハビリでは、松葉杖で体重の3分の1から2分の1へクリアするのが楽しみでした。でも結構難しいものです。全荷重は、手術した足に体重をかけて股関節を 慣らしていきます。ようやく全荷重をかけた瞬間は、2分の1と違ってズシリとくるものがあり、恐る恐る1歩を踏み出した時は感激しました。

長かった入院生活も終わりを迎え、この場を借りてお世話になった長谷川先生をはじめ、婦長さんや看護師の方々、リハビリの先生には心から御礼申し上げます。
大変お世話になりました。

現在痛みを抱えている方、手術に対する不安はあると思いますが、長谷川先生に会いに行ってみたら良いと思いますよ。